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グラミーン銀行は貧困を救えない、マイクロファイナンスの限界

開発援助の世界でムハマド・ユヌスとエルナンド・デソト(ペルーを代表する経済学者。アルベルト・フジモリ元大統領を含む歴代大統領顧問として農地改革や貧困追放運動などを推進)といえば聖人も同然だ。ユヌスと、ユヌスがバングラデシュに設立したグラミーン銀行は二〇〇六年、マイクロファイナンス(貧困者を対象とした小口融資)における先駆的功績が評価されノーベル平和賞を受賞した。バラク・オバマ米大統領は二〇〇九年八月一二日「世界中の何百万もの人たちに自分の可能性を思い起こさせた」と、ユヌスに大統領自由勲章を授与した。アメリカで文民に与えられる最高の栄誉だ。

デソトは一九九〇年代に世界銀行がペルー経済を立て直す際に重要な役割を果たした経済学者。「貧困層の財産権」という概念を唱えた彼は世界的に重要な知識人であり、長年ノーベル賞候補に挙がっている。だが二人が唱えるアイデアが現実に与えるインパクトは限定的で、よくいわれるように世界を作りかえる力はない。残念なことに彼らが受ける栄誉がその現実を見えにくくし、重要な批判を封じてきた。デソトは一九八六年の著書『もう一つの道』で、貧困層は小さな起業家だが、所有権のない財産を保有しているため貧困という罠から逃れられないと主張した。

さらに二〇〇〇年の『資本の謎』では、世界の貧困者が保有する「眠れる資産」(自宅や事業所など未登記の財産)は約九兆ドルもあるという見方を示した。デソトが提案する貧困解決策は、このように権利が証書化されていない財産を公的に認めるというものだ。これには強力な中央政府と相当規模の予算、効率的で政治色の薄い官僚機構、そして大規模な法改正が必要だし、多くの貧困国で企業や政府エリート層から反発が起きかねない。一方ユヌスは、貧しい人も融資の恩恵を受けられるし、融資の使い方を学べることを示してきた。なかでも重要なのは、貧困者がきちんと借金を返済することを証明してきたことだ。だがそのアイデアは大規模に実施するのが難しく、未だ象徴的な存在にとどまっている。

○四年の時点で、世界のマイクロファイナンス機関の貸出残高は百七十億ドル。デソトによればそのほとんどがプチ起業家である四〇億人の貧困人口が必要とする融資額と比べると、スズメの涙ほどしかない。しかも既存のマイクロファイナンスのほとんどは補助金で成り立っている。営利を追求する民間の資本市場から調達した資金で成り立っている融資はごくわずかだ(○四年の時点でたった二十七億ドル、つまり貧困人口一人当たり一年に六十セントしかない)。開発系の銀行はマイクロファイナンスに際して担保を必要としない。こうした金融機関は利潤を追求しておらず、補助金をもとに運営していることが多いからだ。他方、民間資本市場から資金を調達する銀行は、融資先に担保の差し入れを求める。

だがこれでは借入コストが高すぎて、長期融資を求める貧困人口の多くが利用できない。(二〇〇九年八月二六日付、ピーター・シェーファー署名記事から抜粋、編集)マイクロファイナンスだけでは貧困層は救われない、ユヌス(マイクロファイナンス)とデソト(経済開発)をうまくミックスせよというのが記者の結論ですが、さらなる具体策は記されていません。私たちが自ら考えなければならないということでしょう。続いてバングラデシュの隣国であるインドでのマイクロファイナンスの現状について考察してみたいと思います。バングラデシュであれ、インドであれ、開発途上国で成長を続けているマイクロファイナンスのモデルが先進国でも使えるのかどうか、大変興味のあるところです。

危ういマイクロファイナンスーバブル

世界中でもてはやされるマイクロファイナンスだが、貧困改善を裏付けるデータは存在しなかった。世界的な金融危機で、確かだと思われていた多くの常識が覆された。だがその中で生き残ったものが一つある。「小さいことはすばらしい」という古くからの格言だ。貧困層に豪邸を売りつける時代はもう終わった。いま市場規模をどんどん拡大し、隆盛を極めているのは、低所得者向け小規模金融のマイクロファイナンスだ。バングラデシュの経済学者ムハマド・ユヌスが一九七六年に貧困層を対象にした小規模融資を始めて以来、少額の融資で貧しい人々を救い出せるという考えは世界中に広まった。

民間団体や世界銀行、さらに金融機関までがこの分野に参入し、途上国で無数の貧困層を相手に顧客を増やしてきた。 (「ニューズウィーク」誌二〇〇九年七月一日付より抜粋、編集)続けて、グラミーン銀行のブームが先進国に広がり、米国でも二つの支店を開いたことに言及します。「喜ぶのはまだ早い」といい、民間研究機関がマイクロファイナンスは貧困の解決と経済発展に寄与していないと結論付けたというのです。センター・フォー・グローバル・デペロップメントのデービッド・ロードマンとニューヨーク大学公共政策大学院のジョナサン・モーダック教授の二人の経済学者が、最近マイクロファイナンスに関するこれまでの研究報告を精査。マイクロファイナンスの効果に否定的な結論を導き出した。

二人はバングラデシュの小規模融資の研究事例を見直し、それが人々を苦しめてこそいないものの、助けになっている確かな証拠もないという報告書をまとめた。自己資本がなくてもやる気があれば貧困層も融資を受けられるというマイクロファイナンスの考え方には、一九七〇年代の創設当初から懐疑的な見方があった。それでもグラミーン銀行を支持する人たちはひるまなかった。生活水準が極めて低い地域でも貧困が劇的に改善されていることを示す多くの研究報告を根拠として挙げた。「グラミーン銀行の顧客の五%が、毎年貧困から抜け出せている」というユヌスの主張は、金科玉条のように繰り返された。二人の調査によれば、「貧困の改善と小規模融資という現象が一緒に起きている事例がよく見られるのは確かだが、どちらが要因となってもう一方に作用しているのかは断定できない」というのです。

こういう言い方は、マイクロファイナンスの効果を否定しているのか肯定しているのかわからず、微妙ですが、「活動が三〇年間も続いているのに、利用者の生活が向上したという数値的な証拠はほとんどない」といっています。記者の結論はこうです。マイクロファイナンスに携わっている人たちにとっては残念だろう。ドイツ銀行によると、今やその市場規模は二百五十億ドルに達し、融資額は毎年十五億ドルずつ増えている。現在の成長が続けば、市場規模は二〇一五年までに一〇倍に膨れ上がる見込みだ。次はマイクロファイナンス・バブルがやってくるのだろうか。(同じく「ニューズウィーク」誌二〇〇九年七月一日付、リオデジャネイロ支局発、マック・マーゴリス署名記事から抜粋、編集)

グラミーン銀行、ユヌス氏を解任

バングラデシュからの報道によると、同国の中央銀行は三月二日、貧困救済で知られるグラミーン銀行の創設者で、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス同銀総裁(七〇歳)の解任を命じた。同国政府はグラミーン銀行の二五%の株を保有しており、法令で定められた定年年齢の六〇歳を超え、在職している点を問題視した。グラミーン銀行は「ユヌス氏の在任は法令に従ったもので、本人は職務を続けている」とする声明を発表。ユヌス氏は三月三日、解任命令の無効確認を求める訴えを地元高裁に起こした。

同氏はかねて、汚職や政争に明け暮れるバングラデシュの既存政界に批判的で、二〇〇八年末の総選挙では、新党創設を模索。総選挙で勝利したシーク・ハシナ首相率いる現政権から警戒されていた。二〇一〇年末、ノルウェーのテレビ局がグラミーン銀行に一九九〇年代、不透明な資金運用の疑いがあったと報じると、政権はユヌス氏追い落としの動きを強めていた。経済学者だったユヌス氏は貧困者への無担保少額融資制度(マイクロクレジット)を考案・一九八三年に同銀行を立ち上げ、その功績から二〇〇六年にノーベル平和賞を受賞した。(二〇一一年三月二日付「朝日新聞」より抜粋、編集)

続いてこんな展開となりました。「ノーベル賞のユヌス氏解任決定、グラミーン銀行経営に終止符、バングラ最高裁」二〇〇六年にノーベル平和賞を受賞したバングラデシュのムハマド・ユヌス氏が三月に中央銀行からグラミーン銀行総裁を解任された問題で、同国最高裁は四月五日、解任を認める判決を下した。中銀決定を不服として法廷闘争に持ち込んだユヌス氏だが、司法にも見限られた形となり、三〇年近く続けた銀行経営に終止符が打たれる。ロイター通信によれば、ユヌス氏の弁護士は同日、「ユヌス氏はもはや総裁職を継続する権利を失った」と述べた。

同氏は解任後も、抗議して総裁の職務を継続していた。中銀は三月、ユヌス氏が法定定年六〇歳を超えて総裁にとどまっているとして突然解任を決定。背景には、国内外で高い人気を誇るユヌス氏と不仲で、同氏を潜在的な「政敵」と警戒したハシナ首相の圧力があったとみられている。(二〇一一年四月五日付「朝日新聞」より抜粋、編集。オリジナルは共同通信)政治闘争なのか、単なる定年内規の問題なのかはここではおくとして、発祥の地であるバングラデシュを超えてマイクロファイナンスを展開しようとしてグラミーツ銀行の活動に見直しの方針が下されたことはどうやら間違いないようです。

グラミーン銀行の功罪

日本でのソーシャルレンディング、マイクロファイナンスはどうなっているのだろう、と心待ちにしておられた読者にはお預けになってしまい恐縮ですが、その前にマイクロファイナンスの原型(開発途上国でのあり方)を再度、検証してみたいと思います。併せて、ベンチャーキャピタルやイスラム金融で述べた「通常の銀行が行わない金融」についても追加で触れたいと思います。まず、グラミーン銀行です。先に米国カリフォルニア州でのマイクロファイナンス(ペネフィシャル・バンキング)の事例を紹介しましたが、同じオークランド市でグラミーン銀行の海外店舗もオープンしています。

開発途上国のビジネスモデルであったマイクロファイナンスが先進国でも機能するのでしょうか。以下のニュース記事を見てみましょう。グラミーン銀行がカリフォルニア州オークランド市で支店を開くにあたり、シェブロン社から百万ドルの寄付を受ける。サンラモン市にある巨大石油資本(シェブロン社)は米国西海岸のグラミーン銀行の最初の支店の営業費用をまかなうことになった。ウェルズファーゴ銀行とシリコンバレー銀行(共にカリフォルニア州に本拠を置く銀行)もグラミーンの試みを助ける。

ムハマド・ユヌスによって作られたマイクロラアイナンス機構(の子会社である)グラミーン・アメリカは、オークランド市において営業初年度で二五〇人に対し、三十万ドル以上の融資を行う予定だ。グラミーン・アメリカのCEO(最高経営責任者)であるスティーヴン・ヴォーゲルは「カリフォルニア州にとって雇用創出と経済成長の触媒となるスモールビジネスや起業家が、このサンフランシスコ・ベイエリアで資金調達するのが長引く不況で困難になっていたととろだった」とコメントした。

マイクロファイナンスはベイェリアでもホットな話題だ。グラミーンでの仕事に対して、二〇〇六年ノーベル平和賞を与えられたユヌスは、この三月にスタンフォード大学(経済政策調査機構)でマイクロファイナンスと開発経済について講演する予定だ。グラミーン・アメリカは二〇〇八年に設立され、ニューヨーク市と(ネブラスカ州の)オマハ市に支店を開設している。(二〇一一年一月二八日付「サンフランシスコタイムズ」記事を翻訳、編集)我が世の春を謳歌していたユヌス博士と彼の主導のもと拡大を続けていたグラミーン銀行にも、二〇一〇年末あたりからストップがかかったようです。グラミーン銀行の創設者であるユヌス博士が総裁を解任され、活動の方向が少しずつ変わっているようなのです。

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